健康体操である「かじや健法」の体操内容は、とてつもなく、際限なく(笑)、
バラエティー豊かであります。本当に。
節操ないくらいにボリューム満点なメニュー数だと思います。
体を動かす習い事をされている方々は、こう感じるのではないでしょうか?
「品数増やしすぎ。それじゃモノにならないのでは??」
と。
はい。そうです。
モノになんかなりません。それは正解です。
そして、同時にその疑問は物凄く見当違いなものであります。
何故ならば、「かじや健法」は、伝統武術ではなく、健康体操だからです。
ヒトよりも強くなる、誰かに勝てるようになる、、、
そういったテーマを追求することは無意味なのである。
逆に言ってしまうと、「かじや健法」がモノになってしまうということは、
その方は健康体操になっていないのであります。
おわかりでしょうか?(笑)
健康を損なわせるもの、って、何でしょう?
そして人を一流に導くもの、って、どんなことでしょう?
そう。
実は、どちらも同じものなんです。
それは、
「毎日、毎日繰り返すこと」
なんです。
それが身に付くということなんです。善くも悪くも。
結果が違うだけで、同じ反復動作をしているのです。
なぜあの人は一流なのか?
上達するために必要なことを毎日繰り返しているから!
なぜあの人は、いつまでたっても具合が悪いのだろう?
具合が悪くなることを無意識に毎日毎日繰り返しているから!
ほとんどがこれなんですね。
おかしな話ですよね。
誰も具合が悪くなることを繰り返したいわけないじゃないですか?
でも骨身に染み付くまで繰り返してしまっているのです。癖で。
継続は力なり。継続は病気でもあり。
この世に欠陥のないものはない、、、優れた技術にも必ず陰はあります。
極端かも知れませんが、「執着」「固執」することが、上達法であり、
反面、不健康になるための最短ルートと言えるでしょう。
「かじや健法」は健康を損なわせる継続の力を「破壊」することが目的です。
1つの技術に執着させません。1つの動きに固執させません。
と言うより、ボリューム満点で1つのことにこだわれません。
毎日繰り返す動作、それはつまり自分にとって都合がよくなった筋肉の働き。
その「偏ってしまった筋肉の記憶」を老廃物として排泄させます。
全身の操作感覚、思考法、価値観、、、それらを強烈にシャッフルします。
老若男女、素人玄人、文系理系体育会系、
そんなの関係なしに、皆、新しい遊びを前にした子供になります。
「心身」の一旦休憩ができない、無意識執着の強めな方々は必ず疲れる仕組み
になっております。(笑)
戦いに強くなりたい人は戦いに強くなる方法を教えてくれる先生の
ところへ学びに行きましょう。
かじや健法は、積もりに積もった「執着」を吹き飛ばします!